Cameraと散歩

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160602 世界が反対でも私が「死刑制度」を支持する理由 3-3

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福田和也のへそまがり世間論

世界が反対でも私が「死刑制度」を支持する理由
3-3

昨年、広島の鞆の津ミュージアムで開催された展覧会「極限芸術 死刑囚の表現」を見てきました。
死刑囚37人の制作した絵や器など300点が展示されていました。
私は「和歌山・毒入りカレー事件」の林真須美死刑囚の絵を見て驚きました。
はじめは家族を描いた漫画のような稚拙が筆捌きだったのですが、次第に技量を習得していき、血に濡れた涙と首吊り縄を描いた『国家と殺人』、青空が広がる外界から隔離され、小さな部屋に閉じ込められている自分を描いた『青空泥棒』など、ある種の抽象画としてかなり高いレベルに達していたのです。
死と向き合った人間ゆえの精神の深化が、そこには表れているように思われました。
人間にとって究極の決断とは、自らの実存を如何に把握し、発揮するかということでしょう。
その点、死刑囚たちの作品は、出来栄え等を問わない、真摯な創作意欲に溢れているのです。


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死刑廃止を唱える根拠の1つに、更生の道を閉ざしてしまう、という意見があります。
身もふたもない言い方ですが、死刑に値する罪を犯した人間が真に更生することはあり得るのでしょうか。
それを考えるうえで、『死刑絶対肯定論 無期懲役囚の主張』(新潮新書)は非常に興味深い本でした。
著者の美達大和氏は殺人を犯し、無期懲役の判決を受けました。
現在、刑期10年以上かつ犯罪傾向が進んだ者のみが収容される「LB級刑務所」で服役中ですが、彼は受験者の実態を見て、「犯罪者のほとんどは反省しない」と断じています。
とくに無期懲役囚は、反省、謝罪、更生の効果が望めず、それどころか、自分をこのような状況に陥れたのは被害者だと言う恨みを抱き続けるというのです。
無期懲役終身刑と違い、仮釈放があります。
人を殺した非を全く反省することなく、長い時間を刑務所で過ごし、恨みを募らせてきた人間が解放されるのだとしたら、これほど恐ろしいことはないでしょう。


(’14.8.28 週刊新潮