Cameraと散歩

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160801 色によりけり

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変見自在 高山正之

色によりけり


交換留学生の服部君はその夜、ホームステイ先の高校生ウェブ君の車でパーティ会場に向かった。
多分、ここだと一軒の郊外住宅の前でウェブが車を停め、服部君が飛んで行ってドアをノックした。
応答がなかった。
カーポート側のドアをノックしたが、ここも返事がない。
その先を覗いたら30代の女が吃驚びっくりした顔で見返した。

後ろの方でウェブが家を間違ったみたいだと言った。
ここの家人を驚かせちゃったと思いながら戻っていったとき、横手のドアが開いて男が顔を出した。


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服部君は日本人だったらそうするように「すいません。パーティ会場を探していて」と近寄りながら男に声をかけた。
返事は「弾けるような轟音だった」(燐家のスタンレー・ラッキー)。
表に出たラッキーは隣のロドニー・ビアーズのカーポートに倒れている「アジア系の少年」を見た。
銃弾が胸を砕き背中に15センチの大穴を開けていた。
「手足を痙攣させて何かを言っていたが意味は分からなかった」

服部君はアール・K・ロング医療センターに運ばれ、治療中に絶命した。
撃たれてから1時間、彼はやっと苦痛から解放された。


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警官がピアーズを聴取した。
「妻が変な男が窓から覗き込んだと言った。外にでたら敷地内をうろつく男がいた」
「フリーズ(止まれ)と言ったら向かってきたので撃った」
ルイジアナ州には「不法に他人の敷地に入り、家人に恐怖を与えた者を殺した場合は正当な殺人とする」強盗撃退法がある。
彼への咎めはなかった。

家を間違えただけで日本人高校生が射殺され、しかも射殺犯は逮捕もされない。
日本人は驚愕した。


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米側はその反応をいぶかしんだ。
「服部君は西部劇を見てから来るべきだった」とニューヨーク・タイムズは「フリーズ」を知らなかった服部君を揶揄した。

日本人はピアーズの銃も避難した。
彼は44口径マグナムを使った。
先が凹んだ弾丸は当たると花のように開き、内臓をズタズタにして治療もできないまま死んでいく。
英国がインド人退治に使ったダムダム弾がそのモデルだ。

それでピアーズの殺意が浮上し、さらに人種偏見の疑いも出た。
体裁だけ民主国家の米国は急ぎ彼を最も軽い故殺で起訴した。
先の戦争で日本に連帯を表明した全米有色人種地位向上協会(NAACP)も「大いなる関心」を示す中で出た評決はピアーズの無罪だった。

悪いのは不法に敷地に入ったアジア人の少年の方だと。


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モンタナ州ミズーラで昨年4月、服部君ケースと同じような事件が起きた。
ピアーズに当たるのがマーカス・カーマ。
自宅ガレージに何度も賊が入り、工具などが盗まれていた。

警報装置をつけて1週間後の夜、侵入者ありのシグナルで目が覚め、ガレージに行って、暗がりにいた不審者に向けてショットガン3発を発射した。
忍び込んでいたのはドイツからの交換留学生ディーレン・デード17歳で、銃創により間もなく死亡した。


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モンタナ州にもルイジアナ州と同じく敷地内に不法に侵入した者を射殺できる法に加え、もう一つ「Stand Your Ground 法」がある。
「身の危険を感じた者は避難したり警察に通報したりする前に銃を使っていい」という黙って打ち殺せ法も09年にできた。


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法で認められたことをやったカーマはしかし最も重い謀殺で起訴された。
そしてこの2月12日、刑期70年の有罪判決が出た。
理由は、カーマがガレージのドアを開けたままにし、友人には必ず殺すと語っていた、つまり罠を仕掛けた殺人だったと。


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しかし周辺の話は微妙に違う。
服部君ケースと違って被害者が白人だったこと、そして加害者がモンゴロイド系のモンタナ・インディアンだったことだ。

ABC放送は判決の瞬間、正義が勝ったと喜ぶ白人傍聴者の声を伝えていた。


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そういう国が今も日本に何が正義かをいう。

’15.3.12 週刊新潮より