Cameraと散歩

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170104 不都合な権威

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変見自在 高山正之

不都合な権威


昭和24年、弘前大教授夫人が深夜、自宅で就寝中に殺害された。
東大法医学教室の古畑種基は容疑者の一人那須隆のシャツについていた小さなシミを鑑定し、それが被害者の血と断定した。

並みの分析では人血かどうかも分からない。
まさに神業だと本人も自慢たらしくあちこちで吹いていた。

那須与一の末裔でもある被疑者は無実を主張したが、相手は東大の権威だ。
仙台高裁は権威を重んじて那須の犯行と断じ、懲役15年を宣告した。

那須は冤罪を叫びながら、ほぼ満期に近い年月を服役して昭和38年に出所した。

そしてさらに8年、真犯人、滝谷福松が名乗り出た。

名乗り出る気になったのはテレビで知った三島由紀夫の檄文だった。
他人に罪をなすりつけて恥じない己の醜さを悟ったと言い、実況見分でも真犯人であることが証明された。


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古畑鑑定は大間違いだった。
しかしそれを公にする那須隆の再審はなかなか開かれなかった。
理由は一つ、東大の権威に傷がつくから。

実際、シミの再鑑定を担当した千葉大教授は東大法医学教室OBから「名もない市井の民の無実より権威を守れ」と圧力を受けている。
結局、再審はそれから5年後、古畑が死んでから開かれ、那須の無実がやっと立証された。

それを契機に改めて古畑鑑定が再検討され、驚くなかれ、財田川事件、島田事件、松山事件での鑑定も間違いだと分かり、谷口繁義、赤堀政夫ら3人の死刑囚が晴れて生還した。

古畑の権威はもっと罪深い罪作りもやった。
国鉄総裁が北千住で轢死した下山事件がそれだ。

「轢死体の90%は出血しない」という基礎知識を遺体解剖にあたったこの偉い先生は知らなかった。
バラバラなのに血塗ちまみれではない。
古畑は誰かが総裁の血を抜いてから線路に放置したとする「死後轢断」と鑑定した。

朝日新聞の矢田喜美雄はこの与太話を信じ、米軍犯行説を飛ばし、松本清張も便乗して『日本の黒い霧』を書いている。


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昭和41年2月、全日空ボーイング727型機が東京湾に墜落した。
この機はずば抜けた性能を持つ。
佐藤栄作が同型機で返還前の沖縄に飛んだとき、空自のF86が護衛についたが、「追いつけなかった」逸話が残る。

降下もすごい。
何のGも感じさせずにあっという間に雲の下に降りる。
米国ではその出来すぎの降下率を消化しきれずに3機が事故を起こしていた。
木村秀政の事故調査団もボーイング社の調査もその方向にあった。

そこに東大航空工学の権威、山名正夫が「いや機体の欠陥が原因」と言い出した。
その証拠に乗客が墜落を覚悟し、ロザリオを首にかけていたとか。

朝日も「木村秀政は機種選定で同機を全日空に推した。自分から機体欠陥とは言えない」とか下衆らしい勘ぐりを根拠に山名説を強力に支持した。
結局、東大の権威がのさばって事故調査団の結論は「原因不明」に。

因みにボ社は山名説に惑わされずに同型機を約1800機生産したが、山名のいう欠陥は1例も発生していない。


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福島原発は大津波にやられた。
しかし原子力規制委が今原発再開の安全性の目安にしているのは地震だ。
M9が襲った東電福島も、直下型地震に遭った柏崎原発も揺るぎもしなかった。
なのになぜ地震が問題になるのか。

それは東大地震研の権威、、佐藤比呂志がそう言い、原発の下に断層があればダメを出しているからだ。

断層の有無は目下、佐藤のもつ地質調査会社だけが調べている。
魚群探知機のように音波の反射で地下を映像化し、それを彼が勘で断層かどうか判断する。

で、勘の精度だが、2年前、彼は立川断層の調査をやった。
斜めに走る灰色の筋を断層と読み、東京に大地震が来ると断じた。

後にそれは埋まったコンクリート製電信柱と判明した。

こんな男が今、日本の原発の明日を握っている。


’15.7.9 週刊新潮より