Cameraと散歩

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180623 プロが対象の「テロ等準備罪」

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新聞ネットじゃわからない国際問題  宮家邦彦

プロが対象の「テロ等準備罪


「うちの課長、マジでムカつく、殴ってやりたいよ」
「いいね! じゃあ、俺も手伝おうか、アハハハ」

中小企業が集まる西新橋の居酒屋で飲んだ時、耳にした会話だ。
外務省退職後、筆者は亡父が残した小さな会社にいたから、気持ちは分かる。
若いサラリーマンの単なる憂さ晴らしだが、一部の識者は「テロ等準備罪」に相当し得るとのたまう。

あり得ないと思うものの、彼らは本気だ。
そこで「凶暴」について考えてみたい。




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この話には経緯がある。

国連は2000年に国際組織犯罪防止(TOC)条約を採択した。
条約締結には各国の国内法整備が必要だが過去17年間、政府が3度国会に提出した関連法案はいずれも廃案となった。
今回は法案を手直しし、「テロ等準備罪」を新設する組織犯罪処罰法改正案を国会に問うた。
これにマスメディアの報道は大きく割れた。
政府側は「テロ等準備罪」の構成要件と対象が以前の「共謀罪」とは異なると説明するが、一部メディアは名称変更だけで内容は不変として、今も共謀罪法案と呼ぶ。
どちらの言い分が正しいのか検証してみよう。




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素人でなくプロが対象
テロ等準備罪の標的は組織的犯罪集団に限られ、素人は対象にならない。
しかも、犯罪成立には「実行準備行為」が必要だから、冒頭の若者たちが仮に暴力団員であっても処罰はされない。
「話し合うだけで処罰」という話はデマである。




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コンスピラシーと共謀
なぜこんな誤解が生じるのか。
共謀とは英語でConspiracy、徒党による謀議、陰謀の意味であり、英米法では「反社会的な目的を達成するため秘密行動を決意する」行為一般に刑事責任が問われる。

一方、日本法では、内乱・外患誘致・爆発物使用、特定秘密の漏洩など限られた犯罪実行の合意・共謀にしか刑事責任は問われない。




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時代遅れの日本刑法体系
日本の刑法体系は、原則として、「法益侵害行為」のみを罰する古典的建前だ。
TOC条約が求めるような「重大な犯罪を行うことを1又は2以上の者と合意すること」の刑事責任は負えない。

だが、ITにより情報の処理伝達速度が飛躍的に向上した21世紀に、侵害行為発生を待てば、手遅れにもなりかねない。
英米法のConspiracyとは異なる形で、「組織的な犯罪集団」が関与する場合に限って処罰する新規立法は考慮に値するだろう。




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未締結は日本等11カ国
TOCは既に世界の187カ国・地域が締結しており、未締結国は日本、イラン、南スーダンなど11カ国しかない。
あの「無法国家」北朝鮮ですら締結しているのだから、日本にとっては異常な事態というべきだ。




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東京五輪がなくても必要
ラブビー・ワールドカップやオリンピック、パラリンピックの開催国として必要という議論がある。
だが、世界中のテロリストがネットを駆使して重大テロ事件を計画・実行している現実に鑑みれば、イベントの有無にかかわらず、日本が立法措置をとるのは至極当然のことではないか。




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テロ組織と国際組織犯罪集団には関連がある。
武器・麻薬・文化財の密輸、人身取引、マネロンは今やテロリストのお家芸だ。

OECD加盟35カ国のうち、重大犯罪行為への合意や参加を”犯罪化”していない国は日本だけである。
テロを含む277もの犯罪が対象で冤罪を生む虞があるとの批判には、運用の厳格化で対処すべきだろう。

テロ等準備罪創設の機は熟している。

’17.4.20 週刊新潮62-16より