Cameraと散歩

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201113  土器川 5の4

IMGR060-04

履 歴 稿    紫 影子  

香川県
 土器川 5の4


それは、私が四年生の時であって、例年のように暑中休暇を祖父の許で過ごした或る日のことであったが、私が未だ幼稚園へ入園して居ない時に、父に連れられて上原家を訪れたことがあったが、その時祖父と共に暮らして居た父の末娘であって千代枝と言った叔母に連れられて、その小沢の辺で蕨狩をしたことを、不図思い出したので、「よし、蕨を取りに行こう」と、その小沢の辺へ一人で出かけたのであったが、確かに此の辺りであった筈と、熱心に捜し求めて歩いたのだが、8月と言えばとっくに蕨の季節が過ぎて居たので、嘗て叔母と来た時のような蕨は1本も見当たらなかった。

併し、その時の私には蕨に関する季節感が全く無かったので、なおも其処、此処と熱心に蕨を捜し求めて歩き続けたものであった。

そうした私の耳に、何処からともなく人の寝鼾のようなものが聞こえて来た。




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その時の私は、てっきり私と同じように蕨を取りに来た人が、昼寝をして居るんだなと思ったので、”それならば、蕨のある所を教えて貰おうとその鼾のする方向へ近づいていった。

ところがである。

その鼾の主と言うのは、人では無くて頭に禿げがある大きな蛇がドグロを巻いて、そのドグロの上へ鎌首を乗せた寝姿であった。

勿論私は一目散に逃げて帰ったのだが、この大きな蛇は、人畜には決して危害を加えない、と祖父は言って居た。




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閑話休題

スッポンと大蛇の話で喧しかった一番凪から約10米程下流に二番凪と言う深みがあったが、この二番凪は子供達の水泳には一番無難な深みであって、スッポンも居なければ、主や大蛇も居なかった。

併し、護岸の基礎に使ってある巨石が、水面から1米程の深みに70糎程噛み出て居たので、時折その石で負傷する者があった。

私の兄も、そうした負傷者の内の1人であったのだが、その当時私達少年の間では、それを這込みと言って居たのだが、二番凪でその這込みをやろうとすれば、その高さが水面からは2米程ある石垣の上から先ず双方の手を上方へ真直に伸してから、腰を90度に屈めて頭から逆さになって水中へ飛び込むのであったが、その這込みが少年間でとても流行して居て、お互いにその形の優劣を競いあったものであった。




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次弟の義憲が負傷した箇所と同じように、頭を負傷したその日の兄は、水中に基礎の石が噛み出て居ると言うことは、充分意識をして居たものではあったが、飛び込む瞬間のバランスが何かの拍子で狂ったので、その噛み出て居る基礎の石に頭を打ちつけてしまったものであったが、その時の裂傷が、次弟と同じ所に同じ三日月形の傷痕が残って居るのを、後年の私が密かに見比べて、これを因縁とでも言うものかな、と思ったことがあった。

そうした憂鬱な思い出の二番凪にも、今に忘れられない程にとても愉快なものが一つあった。

その愉快な思い出と言うのは、二番凪に護岸をして在る石垣の隙間に手を突込んで、イナと言う、20糎程の大きさの魚を手掴にすることであった。