Cameraと散歩

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210919 生べつ村 3の2

IMGR070-23

履 歴 稿    紫 影子  

北海道似湾編
 生べつ村 3の2


 その生べつ小学校は、私たちが歩いて来た鵡川川上流の道から五百米程右に這入った小高い丘の上に在った。

 小学校と言っても教室は僅か1教室、そしてその教室の横に只1人の先生でもあり、校長先生でもあった由佐先生が住んで居る住宅が併設されてあった。

 香川県の丸亀時代では、教室の数も二十程あった城北の小学校で学んだ私は、こんなに小さな学校も在るのかと、驚いたよりも寧ろ不審でならなかった。

 校舎に併設をされて居た校長先生の住宅は、六畳間が二部屋あっるきりという手挾いものであったが、由佐校長の家庭は夫人と勝子さんと言った六年生の長女を頭に、女児が3人の5人家族であったが、その3人の子供達は、私達がその両親の故郷と同じ香川県から来たという事を大変珍らしがって、第一夜から燥いで、私達兄弟と仲好しになって遊んだ。




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 私達の家族は、この校長の住宅に1週間ほど寄寓をしたのだが、私は毎日校舎前の狭い校庭や一つしかない教室へ行っては、この学校の生徒達と仲良く遊んだ。

 学校は、南向に建てられて在って、その東側が教室になって居た。
そうして校長の住宅から教室へは、居室の六畳間から3尺のドアーを開けて出入をするようになって居た。

 また教室では、一年から六年までが授業を受けるようになって居て、生徒は愛奴と和人が半半位であったように覚えている。

 僅か1週間と言う短い期間ではあったが、私にはこうした思い出が残って居る。
それは、生べつに着いて2日目の正午のことであったが、学校の昼休みの時間に、生徒達と遊んで居た私が、校庭の南端に立って見下ろすと、三十米程あった急斜面の麓が、沢水の流れて居る所らしかったが、斜面の中程から其処までには、未だ真白い残雪があるのが見えた。




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 郷里の香川県時代には、雪が降ると言うことも稀であって、積雪などは全然見たことが無かったので、「あっ、雪が積っている」と言って、私は急斜面を駆け降りた。

 私は残雪の手前に止るつもりで駆け降りたのだが、勢い余ってその残雪の中へ飛込んでしまったのであった。
すると革靴を履いた私の足が雪に滑って、ドシンと勢い良く尻餅を搗くとその儘麓まで落ちて行ったのであったが、幸い沢水の流れている所が、其処から二米程離れて居たので濡れることは免がれた。

 私は、周章てて丘へ這上ろうとあせったのだが、雪と言う物に経験の無い私には無理なことであった。
幾度も這上ろうとあせるのだが、雪に足が滑るのでとても丘へは登れそうも無いので途方にくれていると、そうした私に丘の上の学童達は、それは疎ではあったが五米程右へ寄った所に生えて居た柴木の方向を指さして、其処へ行け、と声を揃えて叫んで居たのだが、狼狽え切った私には、その柴木を摑んで登って行くということに気付く余裕は無かった。