Cameraと散歩

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211109 似湾村の新居 5の1

IMGR072-02

履 歴 稿    紫 影子  

北海道似湾編
 似湾村の新居 5の1


 それは、私達の家族が生べつ小学校に着いてホッとした翌日のことであった。
そして校庭前の急斜面で失敗をした日の夜であったが、「あなた達が定住をする所は、隣村の似湾と言う村であって、今度鵡川村外七ヶ村の戸長役場から分離をして、似湾外三ケ村戸長役場として誕生をしたその役場の吏員となることは、私が前以ってきめてあるのだから、何も心配はありませんよ。そして、似湾の学校長をして居る大矢と言う同郷の男が、 住宅も既に手配をしてあるから、安心しなさい。」と、由佐校長が父に話をしたのであったのだが、その時の父は、ただ「ハ、ハ」と頷いて居たのではあったが、その表情には、何か深刻なものが潜んで居るように窺えた。

 由佐校長は、嘗て私達が第三の家に住まった時代に、「渡道してから3年もすれば、必らず成功をする。」と言って、父に渡道を勧誘した人物であっただけに、”村吏になって給料取りの生活をしろ。」という由佐校長の言葉を、傍で耳にした私ですらも、「何んだ話が違うじゃないか。」と、不満に思ったものであったのだから、父としては、私の想像を遥かに超えた深刻なものがあっただろうと、現在の私は想像をして居る。




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 しかもである、父に渡道を勧誘した日の由佐校長が、「私は、既に成功をして居る。」と嘯いたことも、少年の私の耳朶に残って居たその人 が、教室1つの学校長に過ぎなかったとしたならばなおさらのことであった、と私は思って居る。

 由佐校長が嘯いた、「3年後には、必ず成功可能。」と言う言葉を信じて渡道をした父母は、遥々北海道まで来て給料生活をしなければならないのか、と思った時の心境は、辛いとか、口惜いとか言って表現のとても出来ない筆舌に尽くし難いものであったろうと、私は思っている。