履 歴 稿 紫 影 子
北海道似湾編 村の秋祭 9の7
「帰りはゆっくり家で晩のご馳走を食べて、十時頃までに帰って来れば良いから。」と言ってくれた局長さんに、「ではお願いします。」と、挨拶をして兄が表に出たので、私も局長さんに、「さようなら。」をして、保君や次弟と共に表へ出た。
私は空の重箱を背負って歩くのだから、さして重くは無いので、普通に歩けたのだが、雑魚の這入った魚籃をぶらさげて歩く保君は、時々その持つ手を変えては居たのだが、何となく重そうに見えた。
「オイ、その魚籃重いんだろう、何んだか辛そうに見えるなぁ、少し代わってやるから俺によこせよ。それから俺、さっきから気にして居るんだが、その魚籃何処へ持って行くのよ。」と言って魚籃を受取ろうと、私は手を差延べたのだが、保君は、「イヤ良いよ、俺手に持って歩くから変なんだ、だから此処からは腰にぶらさげるよ、そうすりゃ、いつもと同じだから平気さ。」と言って、魚籃を腰にぶらさげてから、「この魚籃はなぁ、お前の家へ持って行くのよ、俺がこの魚籃を持って帰って、”この雑魚は義章さん達とニセップの沼で釣ったんだ”と言ったらよ、俺のお母さんが今日はお祭だから、何処の家にもご馳走は沢山あるだろうが、この雑魚を一度焼いて、それを砂糖醤油で煮付るか昆布巻きにすればとてもおいしいから、お前お祭に行くのなら、それを持って行って綾井さんのおばさんにあげて来いって言われたんだ。」と言って、魚籃に腰を叩かせながら、元気に歩き出した。
私達が神社の前を通った時には、チラホラと参道を登る人の姿は見受けたが、奉納の草相撲は未だ始まって居なかった。
私達が玄関を這入ると、「あらっ、義潔も来られたんか。」と、意外な兄の出現に目を細める母へ、兄が局長さんの好意を告げると、「そりゃ、有難いことじゃなあ。」と母は頰を綻ばせて居た。
「おばさん、この雑魚、義章さんや義憲さんと三人で釣ったんです。うちのお母さんが、雑魚は一度焼いてから砂糖正油で煮付けるか昆布巻にするとおいしいから、おばさんにあげて来いと言われて持って来たんです。」と言って、腰にぶら下げて来た魚籃を差出す保君に、「そりゃあどうも有難う、こんなに沢山、重かっただろうになぁ、これから皆が揃ってお祭に行くんだろうが、相撲が済んだら皆と一緒に来て、晩のご飯はうちでお食べ、そうして帰りは義潔と一緒にお帰り。」と言って、母は「これ少ないけど、何か好きな物をお買い。」と言って、帯の間から取出した財布の中から十銭銀貨を一枚摘み出して、「良いです、良いです」と、頻りに辞退をする保君に握らせた。
「皆、お昼のご飯はどうなって居るの。」と尋ねる母へ、「俺達三人は、今朝義章が持って来たご馳走を分けて食べたのだし、保君も食べて来て居るから。」と答えて、「さぁ、皆神社へ行こうぜ。」と兄は私達を促した。
神社では、もう子供の相撲が始まって居て、土俵の周囲を取り巻いた四十人程の人達が、熾んに贔屓の豆力士に声援を送って居た。
兄が先ず参拝を、と言うので、私達は参道を登った。
今朝次弟と二人で登った時に青年達が叩いていた祭太鼓を、その時には二、三の老人が交代で、ドンドコドンと打鳴して居たが、朝の青年の時とは違って、それを老練とでも言おうか、その美事な撥捌に、私達はしばし見惚れて居た。
「オイッ、一寸見れよ。随分沢山来て居るぞ。」と、私の肩を叩いて保君が指さす方向を、私はずうっと見廻したのだが、社殿のある頂上から、眺望のきく道と言う道を三三、五五の人群が、次々と続いて居た。
秋のお祭と言っても、昼間の奉納相撲が終ると、市街地の中程に在る中川と言う旅館で田舎廻りの浪曲があるだけのことであって、露天商と言った物は全然無かった。
従って、子供達も小遣銭をねだると言うことはあまりしなかった。
