Cameraと散歩

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履歴稿 北海道似湾編 村の秋祭 9の8

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履 歴 稿    紫 影 子  

北海道似湾編 村の秋祭 9の8

 私達が参道を降って相撲場へ来た時には、子供の部が終って居て大人の人達が取って居た。子供の部は、土地の子供ばかりの相撲であったが、大人の部は、十粁二十粁と言った遠方からも、我こそはと言う自信のある人達が遙々と、駄馬の背に乗って来るので、土地の人は代表的な人物が二、三人程度土俵に上るのであった。

 相撲の景品は、子供の分が勝、負なしに、双方が鉛筆その他の文房具を貰って居たのであったが、大人の部は勝者だけであって三番勝負が手拭、三人または五人抜がいずれも反物、三番勝負七人抜が白米一俵、そして三役の勝者はいずれも反物であったが、三役を取った力士は、その他に四本柱のご幣を貰った。

 相撲が終って、私達が帰る頃には、既に初秋の太陽が西の山の端に傾いて居た。

 いつもは午后の六時を過ぎなければ帰らない父であったが、今日はお祭と言うことで、早目に退庁をして、私達が帰った時にはご馳走の並んだ食卓を前に、チビリチビリと盃を傾けて居た。

 「渡四男が睡って居る間に。」とせきたてる母の接待で、私達四人は保君が持って来た雑魚の煮付や昆布巻が増えたご馳走に、舌鼓を打った。





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 ご馳走を食べ終った私達は、五人抜の勝負は凄かったとか、七人を抜いた人は矢張り強かったなあ等と、相撲を中心にした雑談に花を咲かせて居たのだが、「オイッ、お前達、これから浪花節を聞きに行かないか。」と兄が言い出したのを、「ウンそうだ、聞きに行こう。」と、私もそして保君も賛成をした。

 「私はこれから義章達と浪花節を聞きに行って、其処から保君と一緒に局へ帰りますが、お父さんもお母さんも体に気を付けて下さい。それから義章のご飯運びは、支度をするお母さんもそして義章も楽じゃないと思うのだけど、私には自炊はとても出来ないから、面倒でも宜敷頼みます。」と、父母に挨拶をした兄は、「オイ、では出かけようぜ。」と言って、席を起った。

 「行って来ます。」と言って、私が保君と二人で兄に続いて玄関を出た時に、戸口まで見送った母が、「義潔、体に気を付けてな、そうして欲しい物があったら、何でも義章に言いつけて寄こしなさいよ。それから局へ帰ったら、局長さんに家で宜敷と言って居たと言っておくれ。」と言ったのだが、その声が私には何んとなく物寂しいものに聞こえた。





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 「お母さん、何もそんなに心配せんといて、大丈夫だよ。」と兄は元気らしく答えたのだが、その声からも私は母のそれと同じものを感じた。

 道路へ出た私達を、初秋の夜風が単衣の肌をひんやりとさせながら、頰を撫で撫でとっとと後へ逃げて行った。

 また、澄みきった紺碧の空には、大小無数の星が恰も宝石を鏤めたかのように煌めいて居て、八日程の月が乾ききった路上を歩く私達を、影に送らして居た。

 私達が今宵、浪曲の席亭になった中川旅館に近づいた時には、祭太鼓の音は既に止んで居たが、山頂の社殿を囲む老樹の木の間からは、まだチラチラとご神燈の灯が覗いて居た。

 そして既に始まって居た浪曲が、三味線の音に乗って街頭に流れ出て居た。

 兄を先頭に私達は屋内に這入ったのだが、客席は既に満員の盛況であった。