Cameraと散歩

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履歴稿 北海道似湾編 古潭の水死人 5の2

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履 歴 稿    紫 影 子  

北海道似湾編 古潭の水死人 5の2

 そうした男女の列を堂々巡りと言えば言い過であるかも知れないのだが、緋の陣羽織を着て居た、嘗ての時代には酋長であったらしい容貌の老人が、私には全然判らない愛奴語で何か号令らしいものを叫ぶと、その男女の堂々巡りが始まるのであった。

 その堂々巡りが行動を起こす時には、年老いた愛奴の男が、男女の列の中央に立って、その節こそは単調であったが、哀愁の籠った節と声で教文ともまた、歌とも思えない節廻しで何ごとかを愛奴語で唱え始めると始まるのである。

 このように堂々巡りをして居た男子群の列は、その行動の一節ごとに、「ヤッ」と、裂帛の気合をかけては、白刃の柄を握った右手を肩と水平に垂直にした儘前へ活発に突き出すのであった。

 この堂々巡りの列中には必ず遺族の者が居ることになって居るのだと、次郎は言って居たが、その堂々巡りをして居る人達が、その遺族とおぼしい人の前に向うと、男の群はその人の左右の肩に白刃をあてて居た、そして女子群の人達は、その人の肩を叩いて哀号をして居た。

 「オイ、どうだ、愛奴って言う者はこんなことをやるんだぞ。内地で生まれたお前には珍らしかったべよ。」と言って、私の肩を叩いて次郎が顔を覗き込んだのだが、そうした其の日の儀式が、嘗ての我々の祖先も、現実の彼等種族と同じ儀式を営んだものではないかと言う感懐が、次郎への即答を私にさせなかった。





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 「オイ、義章さんよ、愛奴は矢張駄目だべ。俺はいつもそう思って居るんだ、それで俺は今日お前を誘ったのよ、あんな馬鹿みたいなことをして居る俺達愛奴は、どうすればお前達和人と同じようになれるのよ。」と言ってから、「お前からいつも貰う雑誌なあ、読めば読む程俺達愛奴と言う者が、今日のようにあんなことをするのが口惜んだ、オイ、義章さんよ、どうすれば良いんだ、教えてくれよ。」と、喚いた次郎は私の手を取って力一ぱい振廻した。

 併し、その当時の私としては、次郎が言うような大きな問題を解決するという知識は全然持って居なかった。

 そうした私は、「なあ次郎、お前と俺とは大の仲良しだべ、だからよ、和人だって愛奴だって皆同じよ、だからなあ、次郎は和人に負けないように一生懸命になって勉強をすれば良いんだ。そしてなあ、和人より良い成績を取れば、誰だってお前が偉いと思うぞ。」と言うのが力一ぱいであった。

 水死人の葬儀が終わったので、次郎と私は似湾へ帰る道へ出るために、古潭からの細路を五十米程歩いた。そうして私達はその道路に出た。

 その道路を歩くと言うことが二年振の私であったと言うことは、中杵臼への来る道々を懐んだ私であったが、嘗てこの道を集配人であった兄の補助者として、この道を歩く往路の兄と鵡川川対岸のキキンニ、クウナイ、芭呂沢と言った地区を廻った私と、キリカチの大久保商店で落会って、この中杵臼までの道を、疲れた足を曳摺ながら、「オイ、似湾まではもう少しだ。」と、二人が励まし合ったのも此の辺りであった。





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 その当時、兄の担当をして居た集配区域は、延々約四十粁にわたって居たものであったが、それを二分して配達をして歩いたとしても、当時の私としては、可成りの負担であって、この中杵臼の部落まで帰った時には、ホッとしたものであった。

 それはその懐しの道路へ出てから、二歩三歩と歩いた時のことであった。

 私は不図凍死寸前に在った兄弟が、それを幸運とでも言うものか、似湾と鵡川の郵便局を結ぶ逓送の馬橇に救われた、あの猛吹雪の日のことを想い出した。そうした私は、そうだ、それはあの辺だったな、振返って五百米程前方の林にじいっと目を注いだ。

 其処は、その終日を降雪と猛吹雪に、疲労と空腹に疲れきった兄弟が、「もう俺達は歩け無いんだから、此処で休んで行くしか無いぞ。」と言って、その当時の兄弟がその連抱の大樹の根元で、それが凍死の素因とも知らない、南国香川県に生れた二人が仮眠の状態におち入った、あの老樹の在る林であった。

 あの猛吹雪の夜には、それは朧げな意識の中でではあったが、ビユッビユッと吹く烈風に、裸の梢を唸らせて居た枝々が、今は立派な緑の葉を茂らせて、四辺の雑木に君臨して居るかのように、群を抜いて覆い被って居る、その老樹が見えた。

 「オイッ、何をぼんやり見て居るんだ、早く帰らないと、暗くなってしまうぞ。」と言って、次郎が肩を叩いたので、「ハッ」と、自分を現実に呼び戻した私は、似湾への帰る道々をその猛吹雪の夜の思出を次郎に聞かせながら歩いた。

 次郎と私の二人が、「ウンそうか」とか「それからなあ」と、談話を交しながら村境の峠にさしかかった時には、もうすっかりと秋の陽が落ちて居て、道の両側の原始林からは、あの不気味な梟の啼き声がしきりと聞こえて来た。

 次郎と私の二人が、やがてのことで郵便局まで帰り着くと、「オイお前達、随分遅かったじゃないか、さあ二人共早く帰れよ、家では皆が心配して居るぞ。」と言って兄は、一人に二個づつの飴玉を手渡して、「その飴玉をなあ、しゃぶりながら早く帰れよ」と、既に包んであった運搬用の空櫃を背負った私の風呂敷を、空櫃の上からトンと叩いた。