履 歴 稿 紫 影 子
北海道似湾編
私の兄と、局長さんの長男 5の3
私が兄と郵便局で食事を共にするのは、それは去年の明日と言うことになるのだが、本祭の日に次弟の義憲を混えた三人が昼食を、私の運んだご馳走で会食をしてから、丁度一年振であった。
「オイ義章よ、相変らずお母さんは、寿司を作るのが上手だなあ。」と言って、兄はそのヤマベの生寿司を美味しそうに頰張っては居たのだが、その顔は何故か冴えて居ないように私には感じられた。
それはその翌日即ち本祭の日のことであったが、郵便局から帰った私は去年と同じように次弟の義憲を連れて、神社へ参拝に行った。
その年の四月から一年生になった弟は、数を数えることを覚えたので、一、二、三と、それは粗材で作った物ではあったが、山頂の社殿への階段の数を数えながら頂上へ登って行ったのだが、その後を追う私は息を切る程に弟の速度の早さが、兄としてとても嬉しかった。そうした兄弟が、頂上へ登り着いた時の社殿の前には、去年のそれは青年の人達だけで叩いて居た祭の太鼓を、その日は一人の老人が傍に立って居て、何かと揆の捌方をその青年達に教えて居た。
参拝をすました私と弟は、「サア、下へ降るぞ。」と、私が声をかけて参道を降ったのだが、鳥居の前まで来ると、私の手を引張って「これから郵便局の兄さんの所へ行こうや。」と弟が、去年と同じように私を執拗に促したのだが、私が「義潔兄さんはなあ、今日もよ、去年と同じように午后から家に帰るのだから、義憲を連れて来るなよ、と今朝弁当を持って行った時に俺は言われたのだ。兄さんがよ、何故そんなことを言ったかと言うとだな、去年のお祭の日によ、お前と俺が郵便局さ行ったべよ、その時局長さんから俺達は小遣を貰ったべ。だからよ、今日俺達が郵便局さ行けばよ、また小遣が欲しくて来たなと思われることが、兄さんは嫌なんだよ、だから郵便局さ行くのは止めるべよ。」と、説き聞かすと、「ウン、そうだな。」と納得をした弟は、自分達の家へ帰る道を一散に駈け出した。
家へ帰ってからの弟は、母から五銭の白銅を一枚貰ったので、喜び勇んで家を飛び出して行ったのだが、私はいつものように講義録の勉強を始めた。
その日、兄が帰って来たのは午後の二時頃であったが、それまで兄の帰りを待ち侘びて居た母は、早速昼食を勧めたのだが、「今朝義章と二人で食い残した分でお昼は充分足りたから。」と言ったので、「それでは、晩にしよう。」と言ったのだが、何か期待はずれをしたような表情になった母は、食卓に並べてあったご馳走を戸棚の中へしまった。
相も変らず講義録を読んで居た私に、「義章、お前は良くやるなあ。でも、矢張学校へ行きたいだろうなあ。」と話しかけてきた兄の顔は、昨日と同じように何か私には浮かぬ表情の兄だな、と言う感じがした。
私はそうした兄の表情が気になったので、勉強中であった講義録を閉じて、「兄さん、どう相撲を見に行かないかい。」と言って、兄の気を引いて見たのだが、「イヤ、今日は相撲を見とうも無いわ。」と言って、兄は其処へゴロンとあお向いて寝そべってしまった。
そうした兄の態度に、何か感づるものがあったものか、「義潔、お前どうしたの、どこか具合が悪いのと違うのかい。」と母が気づかったが、「イヤ、何んとも無いのだから、心配せんといて」と言って、兄はふううっと天井へ息を吐きつけた。
父は去年と同じように役場を早退して午後の四時頃に帰って来たので、母は早速晩さんのご馳走を食卓に配分した
何処で遊んで居るのか次弟の義憲が未だ帰って来ないのを、「義章、ご苦労でも迎えに行って来ておくれ。」と母に言いつかった私は、「あいつ、屹度相撲を見て居るんだろう。」と、独言を呟きながら表に出た。
私は市街地を駈足で通り抜けて鳥居を潜ったのだが、相撲場の土俵の周囲は、去年と同じように、見物人が輪になって居た
「あいつは屹度前の方に居るな。」と思った私は、人の輪を掻潜って西方の力士溜へ出た。
その時の土俵上では、五人抜の相撲が始まって居て、観衆の人達が一勝負ごとに送る贔屓力士への声援が人の輪を沸かして居た。
次弟の義憲は、私とは反対側の東方の力士溜の後に立って居て、両手を夢中に振り廻しては、東方の力士に熾んな声援を送って居た。
私は早速人の輪の前を東へ廻って次弟の側へ近づいた。そして「義憲、もう晩ご飯だぞ、お父さんも役場から帰ったし、義潔兄さんも帰って来て居るんだから、さあ早く家に帰ろう。」と言って促したのだが、「相撲はこれからが面白くなるんだから。」と言って渋る次弟を、「義潔兄さんがなあ、今日は郵便局へ早く帰らなければならないから、お前を連れて帰れと言ったので、俺がわざわざ迎えに来たのだから、さあ早く帰ろう。」と言って、無理に次弟の手を引張って人垣の外に出た。
次弟の義憲は、そうした強引な私の処置に不服であったと見えて、何かぶつぶつと呟きながら、とぼとぼと歩き出したのであったが、市街地の中程まで帰ると、病院の前に在った玩具を売って居る西尾と言う店へ、ツツウッと這入って行ってしまった。
「ははあ、奴さん玩具を買って帰るつもりだなあ、だけどあいつ金を持って居るかな。」と、審りながら私も、そうした次弟の後に続いて店内に這入ったのだが、次弟は何の躊躇も無く、「いらっしゃい。」と言う店の人に、ブリキ製のサーベルを指さして、そのサーベルを買った。
そのサーベルの代価は二十銭であったのだが、彼の所持金は出がけに母から貰った五銭白銅が一枚しか無かったので、「おじさん、足りない分は俺があとで持って来るから。」と、私が断って早速そのサーベルを腰にぶら下げた次弟と共に表へ出た。
父はそうした私達の二人が帰るのを待ちかねて、ヤマベの天婦羅を肴にチビチビと盃を傾けて居たが、次弟の着物の腰にサーベルと言う、珍妙の恰好に吹き出して、「何んだ義憲、お前のその恰好は。」と笑いながら、「義章、そのサーベルは何んぼしたんだ。」と私に価格を尋ねたので、“価格は二十銭であったのだが、義憲が五銭しか持って居なかったので、不足分はあとで届けることにして帰って来た”と言うことを、その時の状況と併せて父に説明をした。



