Cameraと散歩

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180716 日本人の佇まい

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変見自在 高山正之

  日本人の佇まい


その国の名を聞くといろいろな思いが浮かぶ。
例えばロシアだと昔は松前藩藩士の目を潰した野蛮人という印象だったが、最近はザゴルスクのマトリョーシカ博物館を思い出す。
ロシア人はあれで律儀な一面があって、マトリョーシカは「この箱根の入れ子細工を真似しました」と博物館に並べて飾っている。

新幹線のノウハウを日本から教わったくせに「すべて支那オリジナル」と開き直る国とは大違いだ。
従って支那といえば高架からぶら下がる「新幹線もどき」がすぐ浮かぶ。




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韓国はというと・・・・・。
何も出てこない。
強いて挙げれば半世紀前に走ったソウルから仁川への道か。
雨模様で、フロントガラスは撥ねた泥ですぐ視界が奪われた。
ウオッシャーなんて気の利いたものはなかった。
少し走っては車を道端に停めて運転手が窓を拭いていた。
何回目かに停めたときに傍らに川があった。
川床も土手も砂利とか砂とかも一切なかった。
岩肌を清流が下っていた。
その清冽さとほかのすべての汚さと。

印象がそこで止まっているのは、それを差し替えるいい記憶がその後、何もなかったからかもしれない。




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日本がせっかくいい国にしてやったのに朝日新聞の創った慰安婦の嘘を嘘と知りながら騒ぎ立てる。
果ては戦争もしないのに日本の海軍旗は侵略の象徴とか言い出す。
実に鬱陶しい。
それを映してか韓国中央日報紙のアンケートでは「日本人の14%が韓国に好感を持つ」とあった。
言い換えれば86%が韓国嫌いということだ。
週刊ダイヤモンドがビジネスマン6,000人をアンケートしたら79%が韓国を嫌い、同じく77%が仕事上も韓国など「なくていい」と答えている。




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朝鮮半島がなくなった地図を想像してみる。
日本海は途端に大きくなって清々しさすら感じさせる。
両国の思いはこの点で共通するから付き合いを辞めればいいと思うが、そう言いながら韓国人には昔から日本人への強い憧憬があると言われる。
例えば立原正秋
日本に帰化すると長身瘦軀の彼は着流しに総髪というまるで時代劇に出てきそうな日本人のスタイルを好んだ。
彼と親交のあった文芸記者の金田浩一呂から聞いた話だが、それが日本人より様になっていたという。
金田記者のコラムに鎌倉の立原の家に寄ったときの話がある。
「話をしている間、応接間の隅の丸椅子に和服姿の夫人が端然と腰を下ろして用を待って微動だにしなかった」
日本人の亭主で夫人にそこまでやらせる者はいない。




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ただ杉山元元帥の夫人啓子ならそういう挙措が似合ったかもしれない。
彼女は終戦の日疎開先の山形から喪服をもって帰京し、出迎えた杉山に「まだ自決していなかったのですか」と問うている。
杉山は夫人にせっつかれて3週間。
やっと司令官室で拳銃自殺する。
しかし果たせず、部下が青酸カリを飲ませて全うさせた。
夫人はその報を電話で受けたあと喪服に着替え、裾が乱れぬよう下帯で膝を縛ったうえ、懐剣で胸を一刺しにして自決した。




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正秋のごとく、日本人になりたかった一人に新井将敬がいる。
政界に入って有望視されながら証券会社に対する恫喝疑惑が出て、国会で逮捕許諾請求が可決される。
明日は逮捕状が執行されるという夜、品川のホテルで縊首した。
家に着替えを取りに帰っていた夫人は戻ってきて部屋の外でその異変を察知したという。
「思いを遂げさせるために30分待ってドアを開けました」
日本人は本当は夫人が仕切って初めてちゃんと居住まいが正せる。
そういうことが案外知られていない。




DSC_4051 もう一つ。
日本人は慎み深さを大事にする。
日本名を名乗るときもそれを心がけねばならない。
例えば瑞穂。
日本人は畏れ多いから、名前にするときは水穂とか当て字する。
そうでないと「やっぱり」とか思われる。

’16.2.25 の週刊新潮より

170715 日曜は寝ていろ

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変見自在 高山正之

  日曜は寝ていろ


「朝日を読んでいる」と言うと大方は顔を顰めるか、どう答えていいものか戸惑いを見せる。
大丈夫、仕事でやむを得ず読んでいるだけと釈明すると、なんだ、まともな人なんだと安堵してくれる。
実際、あの新聞は体に良くない。
どこか詐欺師っぽくてサブリミナル的に人の記憶まで歪ませる。



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例えば少し前の「フォトアーカイブ」に半世紀前のスモッグに煙る都心の写真が載った。
今の北京ほどひどくはないけれど、確かにそんな時代はあった。
その下にすっきり空の同じ銀座の写真があって、絵解きに美濃部亮吉が「東京に青空を」といって都知事選を制したとある。
青空を取り戻したのがまるで美濃部のおかげだったみたいに読める。
彼は「1人でも反対したら橋は架けない」とか馬鹿言って都市計画を止めた。
女秘書とねんごろになったりして結局、環七も環八も渋滞させ、スモックをより濃くしただけだった。



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東京に青空を取り戻したのは石原慎太郎の排ガス規制だ。

それで東京から富士山が見えるようになった。
他人様の業績を無能知事の手柄にげ替える。
実にたちが悪い記事だ。
そういう小狡さに加えてこの新聞の記事は何か座りの悪さがある。
それが何か、先日のお偉い編集委員、山中季広のコラム「日曜に想う」を読んでやっと分かった。



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日本が打ち出したMRJの前に支那印のジェット旅客機が出てきた。
コラムは「インドネシアで新幹線受注を支那に攫われた、空でもまた負けるのでは」と心配する。
しかし専門家から「いや日本はカナダと競っている」と聞かされ「妙に安心」する。
だって「欧米の背中を追うのが私たち日本人には居心地がいい」とのたまう。 文章が判り難いのは措いて、そこに徹底した白人崇拝が滲む。
朝日のもう一つの隠れた毒性だ。



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例えば夫婦同姓を合憲とした最高裁に「海外では夫婦同姓を法律で義務付ける国はない」と社説で非難する。
白人国家を見倣えと。
朝日は護憲を語る。
根拠は白人マッカーサーが創ったから。
中身も「かしこくも米国憲法の理念と同じ」(長谷部恭男・早大教授)だから。
高速増殖炉もんじゅ」問題もスタンスは同じ。
成功すれば「人類2500年分のエネルギーが確保」(奈良林直・北大教授)される。
世界が処理に困っている「核のゴミ」もこの炉で焼却処理できる。
しかし朝日は「ドイツもフランスも開発を諦めた」から「日本もやめろ」という。
白人ができなかったものをなぜ日本人ごときがやり続けるのかと。



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これが違和感の元だろう。
日本人はそんな白人崇拝を欠片かけらも持たない。
早い話、クオーツだ。
通電した水晶の正確な振動は時計にもってこいだ。
欧米が競ったが簞笥より小さくならなかった。
精工舎は諦めず、腕時計に入るほど小さくするのに成功した。
精工舎は特許を世界に開放し、白人は箪笥を背負って歩かずに済んだ。



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ディーゼルエンジンは簞笥より大きくて船に載せるだけだった。
ドイツ以下が小型化を競った。
みんな諦めたとき山岡孫吉昭和8年12月23日、耕運機に載せられるほど小型化するのに成功した。
奇しくも今生天皇のお生まれになった日だった。
この技術も日本から世界に発信された。
ドイツはそれを車に積んだ。
ついでに独自の技術で排ガスを誤魔化すソフトを併せ搭載した。
白人ができるのはその程度のことだ。



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実は増殖炉研究もそれと同じ。
日本が原子力規制委に邪魔されながら積み上げたノウハウをもとに今フランスが研究を再開(「週刊新潮」1月28日号)した。
米英もそれに倣って「もんじゅ」再開を待っている。
日本人は「白人の背を追う立場」にはいない。
むしろ民主主義から礼儀まで彼らに多くを教える立場にある。

「日曜に想う」と恥じをかく。

日曜はゆっくり寝ていた方がいい。

’16.2.11 の週刊新潮より

180706 小皇帝切開

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変見自在 高山正之

  小皇帝切開


もう半世紀も前、羽田の記者クラブにいたころ、日航全日空の古参機長から昔話を随分聞いた。

日航には真珠湾攻撃に参加した藤田怡与蔵いよぞうがいた。
真珠湾の帰途、追いかけてきた米軍機を撃墜し、さらにミッドウェー海戦では来襲した米軍機を10機まとめてほふっている。

同じ日航には広東攻略戦に参加した後藤安二がいた。
聞いた話が凄かった。
敵陣に爆撃を加えて帰投中、仲間の機がエンジン不調で水田に不時着した。

まもなく間諜から彼が支那人に捕まり、木箱詰めにされたと知らされた。

彼らはペンチで歯を抜き、逃げないように手足の指を切り落として鉄格子のはまった小さな木箱に押し込める。
それで町々で晒し者にする。
最後に耳鼻を削いで目をえぐり、男根を切って口にくわえさせてから殺すのが形だった。
「木箱を移送する列車を確認して出撃した。彼の苦痛を終わらせ、安らかに死なせるためだった」




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似た話を当時の全日空常務、山口登から聞いた。
中華航空上海支社で飛んでいたころ、仲間が満州で不時着した。
救援部隊が駆けつけたとき「彼は首まで地面に埋められ、耳も鼻も削ぎ落とされ、両眼に針金ガ通されていた。救出してもまもなく死んだ」。

ちなみに山口はパレンバンに「空の神兵」を運んだ操縦士の1人だった。

支那人の残忍さに当時はうなされたものだが、彼らの残忍さがそんな程度でないことを楊海英の「墓標なき草原」で知った。




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文革期、毛沢東以下の支那人内モンゴルを侵略し、本気でモンゴル人絶滅を図った。
淘汰の手段として彼らは女性器の破壊をやった。
抉り取って殺すか、二度と産めない体にするか。

同書にはジュンガルの女性が犯され、女性器に棒を突き立てられた姿で「自殺した」と家族に引き渡された話や、素手で胎児を引き出す拷問も描写されている。
胎児は死に、母は発狂した。

それが彼らだけの特性と思っていたらシェークスピアが「マクベス」の中で語っていた。

彼は魔女から「女の股から生まれた者には倒されない」と予言されていた。

そこにスコットランド貴族マクダフが現れる。
彼の母は腹を切られて殺され、彼はその「裂けた子宮から月足らず」で生まれた。
だからマクベスを倒せた。
「マクダフは帝王切開で生まれた」という説があるが、間違いだろう。




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あのころ女は「子供を産む道具」だった。
月満ちたのに赤ん坊が生まれない。
このままでは母子ともに危ないというとき、スコットランド人ももっと昔のローマ人も「道具」より赤ん坊の命を選んだ。

母は寝台に縛り付けられ、麻酔なしで腹が裁ち割られ、そして子宮が切り開かれた。
切腹より凄まじい。
母が万が一にも生き残るわけもなかった。

対してマクダフは「月足らず」で、しかも「切開」ではなく「rip(裂く)」と台詞で語る。
帝王切開ではなかった。

因みに帝王切開の名はシーザー(Caesar)からと言われるが、彼は関係ない。
ラテン語の「切開(caeso)」が語源だ。




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母が必ず死ぬ帝王切開は19世紀後半、麻酔術が登場し、医術も進歩して母が生き残り始め、今では通常分娩より安全とも言われる。

ただ帝王切開は陣痛がない分、母性が希薄になりがちで、子も人格的におかしくなるという説もある。

現に帝王切開率の高いブラジルで捨て子の少年犯罪が極端に多くなっている。

その帝王切開が近年、支那で大流行りだ。
一人っ子の「小皇帝シャオファンディ」には帝王切開が似合うと思われたか。

今は「ブラジルを抜いて世界一」(ジャパンタイムズ)の普及ぶりで、出産児の半分以上が帝王切開と言われる。




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もともと残忍な血筋を受け継ぐ。
加えて次世代の半分以上が「母の愛に飢えた人格障害者」になりそうだという話は隣人として結構怖く聞こえないか。

支那は脅威ではない」と鳥越俊太郎は言う。
魔女の言葉ほどの重みもない。

’16.1.28 の週刊新潮より