Cameraと散歩

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履歴稿

220927 北海道似湾編 カケス 6の2

履 歴 稿 紫 影子 北海道似湾編 カケス 6の2そうした保君は、間もなく駈け戻って来たが、その右の手には嘗て私が見たことの無い刃物を持って居た、その刃物は刃部の部分だけがピカピカ光って居て、母が野菜を刻む時に使う包丁に似た形の物であったが、どっし…

220831 北海道似湾編 カケス 6の1

履 歴 稿 紫 影子 北海道似湾編 カケス 6の1多盛老人の末子であった保君は、私と同年輩ではあったが、学校では早生れの私より一級遅れて居た。私の家の附近には、向いに多盛老人の家が一軒きりと言った関係が多分にあったが、学校から帰ると保君と私は、いつ…

220815 北海道似湾編 椎茸狩り2の2

履 歴 稿 紫 影子 北海道似湾編 椎茸狩り 2の2椎茸が沢山あるのは、主として此の急斜面であったが、其処には楢の木の風倒木と、地方の人達が薪を伐り出した残骸の捨木に芳香を放って黄褐色の椎茸が、無数に生えて居た。嬉嬉として生徒達が、楢の木の倒木か…

220727 北海道似湾編 椎茸狩り 2の1

履 歴 稿 紫 影子 北海道似湾編 椎茸狩り 2の1 その日は、私が似湾の学校へ転校してから、あまり日数がたって居なかったと思っているが、全校の生徒が校長先生の引率で、その山裾が校庭の木柵まで延びて居る裏山へ、椎茸狩りに行ったことがあった。 学校の…

220605 北海道似湾編 公立・似湾尋常小学校 2の2

履 歴 稿 紫 影子 北海道似湾編 公立・ 似湾尋常小学校 2の2 私の席が在った教室は、「右向け前へ。」で這入ると、その正面が教壇であって、教壇に向かった右端の一列が六年生、その隣りが私達五年生の列、そして私達の左から二年、一年と言う順序に各一列…

220505 北海道似湾編 公立・ 似湾尋常小学校 2の1

履 歴 稿 紫 影子 北海道似湾編 公立・ 似湾尋常小学校 2の1 新居で二夜を明かした私は、父に伴われて”公立似湾尋常小学校”と大書した門標の在る所から這入て当時は、只一人っきりの教員兼校長が居た職員室を訪れた。 この日が、北海道へ移住をした私の、…

220320 北海道似湾編 似湾村の新居 5の5

履 歴 稿 紫 影子 北海道似湾編 似湾村の新居 5の5その当時の私は、生べつと言う所がどれ程の距離に在るのかと言うことは、全然意識して居なかったものであったが、村境の峠も越えて、凸凹の多い密林の道を、生べつへ、生べつへと、ひたすらに足を急がせた…

220215 北海道似湾編 似湾村の新居 5の4

履 歴 稿 紫 影子 北海道似湾編 似湾村の新居 5の4 そうした多盛老人は、更に次の言葉を私の父へ「あんたが今頃北海道へ来て、簡単に成功をしようと思ったならば、それは大間違いだ、と言うことは一寸時期が遅過ぎたと私は思うんだが、と言って、絶対不可能…

211213 北海道似湾編 似湾村の新居 5の3

履 歴 稿 紫 影子 北海道似湾編 似湾村の新居 5の3 私達の引越荷物は、丸亀駅から沼ノ端駅までが鉄道輸送、そして沼ノ端・生べつ間を荷馬車で継送される手順になって居たのだが、鉄道輸送は、貨物が人よりも可成り日数を要したので、私達が明日は似湾へ出発…

211114 北海道似湾編 似湾村の新居 5の2

履 歴 稿 紫 影子 北海道似湾編 似湾村の新居 5の2 私達親子5人は、1週間の仮寝の宿であった生べつ小学校をあとに、新住の地となる似湾村へ出発したのは、明治45年の4月16日であった。そうして、私達が校門を出た時刻が、朝の6時頃であったように覚えて居る…

211109 北海道似湾編 似湾村の新居 5の1

履 歴 稿 紫 影子 北海道似湾編 似湾村の新居 5の1 それは、私達の家族が生べつ小学校に着いてホッとした翌日のことであった。そして校庭前の急斜面で失敗をした日の夜であったが、「あなた達が定住をする所は、隣村の似湾と言う村であって、今度鵡川村外七…

210930 北海道似湾編 生べつ村 3の3

履 歴 稿 紫 影子 北海道似湾編 生べつ村 3の3 その時自分が取った行動を、雪に無経験であったと言ったことが狼狽えさしたから、と言うことに藉口すれば、それで一応自慰することが可能かもしれないが、その往時を回想しては、「あの時の俺は馬鹿だったな…

210919 北海道似湾編 生べつ村 3の2

履 歴 稿 紫 影子 北海道似湾編 生べつ村 3の2 その生べつ小学校は、私たちが歩いて来た鵡川川上流の道から五百米程右に這入った小高い丘の上に在った。 小学校と言っても教室は僅か1教室、そしてその教室の横に只1人の先生でもあり、校長先生でもあった由…

210911 北海道似湾編 生べつ村 3の1

履 歴 稿 紫 影子 北海道似湾編 生べつ村 3の1 私達の目的地は、胆振の国の勇払郡鵡川村字生べつ村と言う所に在った小学校であったが、私達が1泊をした鵡川村本村の市街地から、その生べつ小学校へは、本村に川口がある鵡川川の上流へ約20粁程の道程があっ…

210825 北海道似湾編 移 民 3の3

履 歴 稿 紫 影子 北海道似湾編 移 民 3の3 岩見沢駅から、室蘭本線の列車に乗換えた私達は、終着駅室蘭との略中間に在る沼ノ端と言う駅に降りた。 その当時の沼ノ端は、駅前に12、3戸の家屋が在ったに過ぎない田舎であったが、私達の行かんとする、「鵡川…

210811 北海道似湾編 移 民 3の2

履 歴 稿 紫 影子 北海道似湾編 移 民 3の22 私達は、其処から黒潮の流れる津軽海峡を青函連絡船で、愈々北海道へ渡るのであったが、青森の港を出港して、海峡の中程を航行して居た連絡船の甲板から、「あそこに見えるのが北海道だぞ。」と、父が指さした…

210803 北海道似湾編  移 民 3の1

履 歴 稿 紫 影子 北海道似湾編 移 民 3の1 父母を始め私達兄弟が、移民となって北海道へ渡った日時を父はその履歴稿に、 一、明治45年4月2日、午后7時、丸亀駅発、北海道移住 のため渡道の途に上れり。と、記録をしてあるが、此の時、北海道へ移住をした…

210708 香川県編 屋 島 3の3

履 歴 稿 紫 影子 香川県編 屋 島 3の3 また、壇の浦は源平合戦の昔、梶原景時と、須磨の浦で逆櫓の争いをしたと言う源義経が一の谷の戦に敗れて屋島へ落ちて行く平氏を追った時に、荒天の激しい風波に流されて平氏の拠った屋島超えて志度と言う所に上陸を…

210705 香川県編 屋 島 3の2

履 歴 稿 紫 影子 香川県編 屋 島 3の2 私達親子は、その茶店で一休みしてから更に頂上への道を歩いたのであったが、その道道「あの茶店を食わずの梨の茶店と言うのは、弘法大師と言う傑僧が屋島寺を開山しようと此の道を登った時に、それが杣夫の住んで居た…

210630 香川県編 屋 島 3の1

履 歴 稿 紫 影子 香川県編 屋 島 3の1 北海道に移住することを決意した父が、これが最後になるやも知れん思出にと、留守居に母と次弟を残して、兄と私と言う2人の子供を連れて、祖父の弟が院主をして居た屋島寺に行った。 この時の屋島寺は、宝物の展覧会を…

210606 香川県編 第四の新居 3の3

履 歴 稿 紫 影子 香川県編 第四の新居 3の3 私の家は、4月2日に丸亀市をあとに遠く離れた未知の北海道へ移住の旅路についたのだが、私の家が何故北海道へ移住をすることになったのかと言う動機は、それは第三の家に住まった時代のことであったが、横の小門…

210509 香川県編 第四の新居 3の2

履 歴 稿 紫 影子 香川県編 第四の新居 3の2勝手口の角から、右に廻った家の真裏は外塀との間が10米程あって其処に、石榴の木が5本と橙の木が1本あった。 そして石榴の木には直径が8糎程の実が沢山なって、やがて実の熟する頃ともなれば、外皮の1箇所が大き…

210311 香川県編 第四の新居 3の1

履 歴 稿 紫 影子 香川県編 第四の新居 3の1私が四年生になった春に、私達は第四の家に引越した。この第四の家は、嘗て私達が住んで居た第二の家から約50米程離れた所に在って、その第二の家から右に行き当った所に門を構えた東向きの家であった。門を這入っ…

210220 香川県編 八幡神社 2の2

履 歴 稿 紫 影子 香川県編 八幡神社 2の2また花車は、それが花柳街の人達であったのかも知れないが、三味や太鼓で賑かに囃したてては威勢の良い若衆に綱を曳かせて、町から町を練歩いては、所所で綺麗な舞姿の娘さん達に舞を披露させて居た。私が母から貰う…

210107 香川県編 八幡神社 2の1

履 歴 稿 紫 影子 香川県編 八幡神社 2の1丸亀市の氏神は、亀山上からは西南方に当る郊外に鎮座して居た八幡神社であった。その八幡神社が、亀山城からどれ程の距離に在ったかと言うことは判って居ないのだが、亀山城が軍に解放される祝祭日の日に、頂上へ登…

201207 香川県編 土器川 5の5

履 歴 稿 紫 影子 香川県編 土器川 5の5イナと言う魚は、大体海に棲む魚だと私は父に教わって居たのだが、この二番凪と言う所が海に近かった関係で満潮時には海水が逆に這入て来て居た。したがって凪の水は若干塩辛くなって居た。そうした満潮時の海水に乗っ…

201113  香川県編 土器川 5の4

履 歴 稿 紫 影子 香川県編 土器川 5の4それは、私が四年生の時であって、例年のように暑中休暇を祖父の許で過ごした或る日のことであったが、私が未だ幼稚園へ入園して居ない時に、父に連れられて上原家を訪れたことがあったが、その時祖父と共に暮らして居…

201101 香川県編 土器川 5の3

履 歴 稿 紫 影子 香川県編 土器川 5の3それは石垣の下部に洞窟があったことから想像をした人達の間に生まれた、単なる噂であったかも知れないが、その洞窟の中には大蛇が棲んで居て、真夏のよく晴れた日中には、時折その無気味な巨体を長長と水面に浮かべて…

201030 香川県編 土器川 5の2

履 歴 稿 紫 影子 香川県編 土器川 5の2柳淵から西北へ斜に流れて居た五十米程の瀬は、鯉ぞう凪と言う深みに流れ込んで居たが、その鯉ぞう凪から川は、また南北へ直線の流れになって居た。そしてこの鯉ぞう凪の淵も石垣が施されて居て、その深みには鯉が沢山…

221022 香川県編 土器川 5の1

履 歴 稿 紫 影子 香川県編 土器川 5の1 土器川は、丸亀市に隣接して居た土器村(現在は、市に合併して土器町と呼んで居るらしい)の一部を対岸に、南から北へ流れて瀬戸内海へ落ちて居た。私は、第一の家に住んだ時代から此の川へは良く遊びに行ったものだ…