Cameraと散歩

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履歴稿

履歴 北海道似湾篇 私の兄と、局長さんの長男 5の4

履 歴 稿 紫 影 子 北海道似湾編 私の兄と、局長さんの長男 5の4 父はお祭ということで、晩酌の銚子を倍量の四本を平げた関係で、なかなかのご機嫌であったのだが、終始浮かぬ顔の兄は私が、「兄さん、「浪花節を聞きに行かないかい。」と言って、浪曲へ誘…

履歴稿 北海道似湾篇 私の兄と、局長さんの長男 5の3

履 歴 稿 紫 影 子 北海道似湾編 私の兄と、局長さんの長男 5の3 私が兄と郵便局で食事を共にするのは、それは去年の明日と言うことになるのだが、本祭の日に次弟の義憲を混えた三人が昼食を、私の運んだご馳走で会食をしてから、丁度一年振であった。 「…

履歴稿 北海道似湾篇 私の兄と、局長さんの長男 5の1

履 歴 稿 紫 影 子 北海道似湾編 私の兄と、局長さんの長男 5の1 それは師も走るという十二月の上旬に結氷をした、鵡川川の氷が破れて、日々に芽ぶくれる川岸の柳からも、漸く私達の身近に春の息吹を感じさせるようになった三月中旬の或る日のことであった…

履歴稿 北海道似湾篇 カイカウニの熊祭 4の4

履 歴 稿 紫 影 子 北海道似湾編 カイカウニの熊祭 4の4 その頃から、和人の一般観衆がポツポツ帰り始めたので、私も「オイ、俺達も帰るべや。」と、次郎を促して帰ろうとした時に、最前花矢をくれた常三郎の伯父が、私の肩を叩いて、「綾井さんのセカチ、…

履歴稿 北海道似湾篇 カイカウニの熊祭 4の3

履 歴 稿 紫 影 子 北海道似湾編 カイカウニの熊熊祭 4の3 私は最前のどよめきが気になって居たので、「オイ、常三郎よ、俺と次郎の二人がなあ、先刻花矢を射たあの丘からよ、皆がこっちへ帰ったのも知らないでよ、花矢の飛んで行った沢向の山をよう、ぼん…

履 歴 稿 北海道似湾篇 カイカウニの熊祭 4の2

履 歴 稿 紫 影 子 北海道似湾編 カイカウニの熊祭 4の2 私はそうした光景に只只驚異の目を見はるばかりであったのだが、「義章さんよ、何もそんなに驚くことないよ、これからがホントの熊祭だぞ。」と、次郎に言われて若干冷静な気持に戻ったものではあっ…

履歴稿 北海道似湾篇 カイカウニの熊祭 4の1

履 歴 稿 紫 影 子 北海道似湾編 カイカウニの熊祭 4の1 やがて、内地(現在でも未だそうした呼称の風習が残って居るが、その当時は、北海道を離島にして居る津軽海峡を超えた青森県以南以西の国土を、そうした呼称をして居た)それも温帯地帯の香川県から遥…

履歴稿 北海道似湾編 古潭の水死人 5の4

履 歴 稿 紫 影 子 北海道似湾編 古潭の水死人 5の4 それはその翌日のことであった。私がいつものように茶の間で講義録を読んで居ると、「義章さんよ。」と、私の名を呼ぶ次郎の声が表から聞こえてきた。 「アッ、次郎の奴が来たぞ。」と思った私は、早速…

履歴稿 北海道似湾編 古潭の水死人 5の3

履 歴 稿 紫 影 子 北海道似湾編 古潭の水死人 5の3 そうした私達兄弟の様子を見て居た次郎が、「オイ義章さんよ、和人は矢張り俺達愛奴より偉いなあ、だけどよ、俺は矢張り愛奴だもんなあ。」と、それは和人と愛奴と言う人種的な問題に大きな悩みを抱いて居…

履歴稿 北海道似湾編 古潭の水死人 5の2

履 歴 稿 紫 影 子 北海道似湾編 古潭の水死人 5の2 そうした男女の列を堂々巡りと言えば言い過であるかも知れないのだが、緋の陣羽織を着て居た、嘗ての時代には酋長であったらしい容貌の老人が、私には全然判らない愛奴語で何か号令らしいものを叫ぶと、…

履歴稿 北海道似湾編 古潭の水死人 5の1

履 歴 稿 紫 影 子 北海道似湾編 古潭の水死人 5の1 九月の中旬ともなれば、私の畑仕事は毎日の家族や訪問客の人達に、接待用としてその席へ出す生唐黍を、小出さんの畑へ行って十五、六本の生唐黍を捥ぎ取って来る以外には、役場の裏に在った畑で、その根…

履歴稿 北海道似湾編 村の秋祭 9の4

履 歴 稿 紫 影子 北海道似湾編 村の秋祭 9の4 その頃の母は、その日その日の炊事は自分が出来るまでに、健康が回復して居たので、私は朝の炊事の時には、母と一緒に起きて何かと手伝ったが、そのあとは薪作りと水汲、そして畑仕事と言う日常であったが、そ…

履歴稿 北海道似湾編 村の秋祭 9の3

履 歴 稿 紫 影子 北海道似湾編 村の秋祭 9の3 「オイ、前の桂の木の下でカケス捕ったもんなぁ、俺、あの桂の木さカケスが飛んで来る度に、あの時のことを想い出すんだよ」と言って彼は、店内に適当な配置で三箇所に釣してあった八分芯の洋燈の光が、硝子戸…

履歴稿 北海道似湾編 村の秋祭 9の2

履 歴 稿 紫 影子 北海道似湾編 村の秋祭 9の2 私はこの日母に言いつかって山岸さんの店から小型の飯櫃を二個買って来た。勿論、それは兄の弁当を運ぶ容器としてであった。 母はいつもより夕餉の支度を早目にして、兄の夕食となるご飯を一食分、その小さな飯…

履 歴 稿  北海道似湾編 村の秋祭 9の1

履 歴 稿 紫 影子 北海道似湾編 村の秋祭 9の1 大正三年と言う年の秋祭が近づいた九月一日付で兄の義潔は、郵便集配人から臨時通信事務員に昇格をした。と言うことは、それまで私の馴染んで居た閑一さんは、私達が未だ郵便局の前に住んで居た当時の大正二年…

履歴稿 北海道似湾編 真夏の太陽と天狗の太鼓 7の7

履 歴 稿 紫 影 子 北海道似湾編 真夏の太陽と天狗の太鼓 7の7 私が差出す薬袋を受け取った母は、「どうしたんだろうか、今日の昼間があまり暑かったので、ひょっとすると、渡四男は暑気(日射病のこと)にあたったのかもしれんなぁ。」と言いながら、救命丸の…

履歴稿 北海道似湾編 真夏の太陽と天狗の太鼓 7の5

履 歴 稿 紫 影 子 北海道似湾編 真夏の太陽と天狗の太鼓 7の5 これは後日談ではあるが、私は大正四年の十二月に似湾村と言う所を離れてから、幌別、室蘭、幌別鉱山、東京、神戸と、家庭の事情、学問、鋳造技術の錬磨等と言った理由によって、転々とその住居…

履歴稿 北海道似湾篇 真夏の太陽と天狗の太鼓 7の4

履 歴 稿 紫 影 子 北海道似湾篇 真夏の太陽と天狗の太鼓 7の4 当時三十を超えたばかりの校長先生は河原で、水泳の要領を懇切に説明をした、そして川へ這入てからは平泳ぎはこう、背泳はこう、抜手はこのように、と実演をして見せてから、深みを横断して、対…

履歴稿 北海道似湾編 真夏の太陽と天狗の太鼓7の3

履 歴 稿 紫 影 子 北海道似湾編 真夏の太陽と天狗の太鼓7の3 やがて北海道にも真夏の八月が訪れた。 小出さんの畑の手入れを上旬中に全部一応終ったので、あとは収穫をするだけと言うように一段落ついた或日、例によって遊びに来て居た次郎が、「オイ、こ…

履歴稿 北海道似湾編  真夏の太陽と天狗の太鼓 7の2

履 歴 稿 紫 影 子 北海道似湾編 真夏の太陽と天狗の太鼓 7の2 当時私の毎日は、母に呼び起されて毎朝五時に起きた。 そうして前夜仕度をしておいたご飯と味噌汁を炊いて、兄の弁当を容器(その当時の容器は、柳の細い枝を編んで作った物であって、一般には…

履歴稿 北海道似湾 真夏の太陽と天狗の太鼓 7の1

履 歴 稿 紫 影 子 北海道似湾編 真夏の太陽と天狗の太鼓 7の1 私達の家が、下似湾から市街地の吏員住宅へ引越た年の秋に、末弟の渡四男が誕生をした。 父は、その末弟の誕生を、 一、大正二年十月二十八日、四男出生、渡四男と命名す。 と、その履歴稿に…

履歴稿 北海道似湾編  古雑誌と次郎 7の7

履 歴 稿 紫 影 子 北海道似湾編 古雑誌と次郎 7の7 これは後日の物語りに属したことではあるが、私が二十八歳であった時に苫小牧町(現在は市政)の沼ノ端で父母と三人で生活をした時代であって、その当時の私は、現在では、国鉄日高本線となった鵡川駅から分…

履歴稿 北海道似湾編  古雑誌と次郎 7の6

履 歴 稿 紫 影子 北海道似湾編 古雑誌と次郎 7の6 馬鈴薯の塩煮と「シシャモ」、それに甘酒といった饗応ですっかり満腹した私が、「どうもご馳走さんでした」と挨拶をして、「さあ帰ろう」と立ちあがった時に、「ホイ、俺すっかり忘れて居た。」と言って次…

履歴稿 北海道似湾編  古雑誌と次郎 7の5

履 歴 稿 紫 影 子 北海道似湾編 古雑誌と次郎 7の5 皮を剝いだ蝮の胴体を野蕗の葉に包んで懐に入れた次郎が、「オイ義章さんよ、苺は駄目なんだからもう帰ろうや。」と言うので「「ウン、そうだなあ、帰るとするか。」と私は、彼に同調をして二人が馬を繋い…

履歴稿 北海道似湾編  古雑誌と次郎 7の4

履 歴 稿 紫 影 子 北海道似湾編 古雑誌と次郎 7の4 そうした船が、対岸に着くと私達は、隣村厚真村の知決辺へ通じて居る道を、パカポコパカポコと馬を駆けさせて二粁程の道を行った。 「オイ、此処が野苺の有る所だぞ。」と言って、次郎は馬を止めた。 馬を…

履歴稿 北海道似湾編  古雑誌と次郎 7の3

履 歴 稿 紫 影 子 北海道似湾編 古雑誌と次郎 7の3 その日は、北海道の総鎮守札幌神社の本祭の日であって、朝夕の気温は若干冷えたが日中は、風薫る初夏の様相を呈した六月の十五日であった。 十四日の朝礼に校長先生が、「明日は札幌神社のお祭だから学校…

履歴稿 北海道似湾編  古雑誌と次郎 7の2

履 歴 稿 紫 影 子 北海道似湾編 古雑誌と次郎 7の2 その頃愛奴の人達が着て居た衣服は、壮年以下の者は我々和人と同じ服装をして居たのであったが、老人のそれは和人の人達が着て居た物よりも遥かに立派であったように思えた。と言うことは、その人達が着て…

履歴稿 北海道似湾編 古雑誌と次郎 7の1

履 歴 稿 紫 影 子 北海道似湾編 古雑誌と次郎 7の1 私が、似湾村に移住をしてから、その頃までに親しくなった友人は、未だ五人程しか居なかったが、その中に私より学級が二学級遅れた四年生の中に、愛奴の少年で布施次郎と言う、とても親しい少年が居た。…

履歴稿 北海道似湾編 私の弟と烏 6の6

履 歴 稿 紫 影 子 北海道似湾編 私の弟と烏 6の6 当初私は、「弟の奴、何故あんなことをするのかな。」と不審に思って見詰めて居たのであったが、そうした私の目が其処に意外な光景を捕えたので、「ウム、そうだったのか。」と頷けたのであった、併しその…

履歴稿 北海道似湾編 私の弟と烏 6の5

履 歴 稿 紫 影 子 北海道似湾編 私の弟と烏 6の5 その時の弟と私の距離は、二十米程しか無かったのだが、周章た弟は、その途中で二、三度転倒をしたのだが彼は起きあがり、起きあがり、夢中になって駈け寄って来た。 当時の似湾では、洋服を着て居る者と…