Cameraと散歩

since '140125

履歴稿

201101 香川県編 土器川 5の3

履 歴 稿 紫 影子 香川県編 土器川 5の3それは石垣の下部に洞窟があったことから想像をした人達の間に生まれた、単なる噂であったかも知れないが、その洞窟の中には大蛇が棲んで居て、真夏のよく晴れた日中には、時折その無気味な巨体を長長と水面に浮かべて…

201030 香川県編 土器川 5の2

履 歴 稿 紫 影子 香川県編 土器川 5の2柳淵から西北へ斜に流れて居た五十米程の瀬は、鯉ぞう凪と言う深みに流れ込んで居たが、その鯉ぞう凪から川は、また南北へ直線の流れになって居た。そしてこの鯉ぞう凪の淵も石垣が施されて居て、その深みには鯉が沢山…

221022 香川県編 土器川 5の1

履 歴 稿 紫 影子 香川県編 土器川 5の1 土器川は、丸亀市に隣接して居た土器村(現在は、市に合併して土器町と呼んで居るらしい)の一部を対岸に、南から北へ流れて瀬戸内海へ落ちて居た。私は、第一の家に住んだ時代から此の川へは良く遊びに行ったものだ…

201004 香川県編 第三の新居 7の7

履 歴 稿 紫 影子 香川県編 第三の新居 7の7 第三の家での思い出としては、この外に次弟の義憲が窓から落ちて頭を負傷した事故があった。次弟の出生を、父はその履歴稿に、一、明治41年11月24日午後6時男子出生(三男)義憲と命名す。 産婆宮本ヒサヨ。と記録…

200926 香川県編 第三の新居 7の6

履 歴 稿 紫 影子 香川県編 第三の新居 7の6 小さい子供達は、その火に怯えて「ワアワア」と声をあげて泣き出したが、「こりやぁ大変なことになってしまったぞ。」と慌てた私は、急いで裸になって脱いだ着物を打振り打振り火を叩き消そうと、紅蓮の炎を追い…

200824 香川県編 第三の新居 7の5

履 歴 稿 紫 影子 香川県編 第三の新居 7の5 第三の家へ引越ししてから、私の性格が大きく変化をした。それは、吉田さんと言う女ばかりの隣へ、毎日のように遊びに行って居た関係であったかも知れないが、ヤンチャ坊主であった私の性質が、とても素直になっ…

200713 香川県編 第三の新居 7の4

履 歴 稿 紫 影子 香川県編 第三の新居 7の4私は、「誰かな」と言った軽い気持ちで、その人の顔を覗いたのだが、その途端私はギクッとさせられた。と言うことは、その人が、私の担任であった柳原と言う先生であったからであった。この私の担任であった柳原先…

200630 香川県編 第三の新居 7の3

履 歴 稿 紫 影子 香川県編 第三の新居 7の3それは、私が三年生に進級をして三学期に這入った直後のことであった。その動機については、本人の私自身が、今に何故あんな馬鹿げたことをしでかしたのかと、首をかしげる程に無根拠無理由のものであった。強いて…

200626 香川県編 第三の新居 7の2

履 歴 稿 紫 影子 香川県編 第三の新居 7の2 新居の西に隣った家は、吉田さんと言って、主人は井戸堀作業の最中に可成り大きい石が頭上に落下して負傷をしたのが原因となって、私達が引越して来た直後に他界したのであったが、その後の家庭は、母親と娘4人の…

200621 香川県編 第三の新居 7の1

履 歴 稿 紫 影子 香川県編 第三の新居 7の1第三の新居に引越したのは、第二の家へ引越した年と同じ年の8月中のことであったと思う。当時私の通学をして居た城北尋常小学校の暑中休暇は、8月の1日から末日の31日までであったのだが、その暑中休暇中の引っ越…

200423 香川県編 第二の新居

履 歴 稿 紫 影子 香川県編 第二の新居私が父母に連れられて教理の加茂村から引越した第一の新居は、明治の維新前には武家屋敷であったのだが、維新後は清水と言う農家の所有になったと言う家であって、私たち親子はその清水さんの家に借家住居をして居た者…

200305 香川県編 亀山城と歩兵12連隊 その2

履 歴 稿 紫 影子 香川県編 亀山城と歩兵12連隊 その2 当時善通寺第11師団の歩兵部隊として丸亀に在った歩兵台12連隊の兵舎は、亀山城の直前の内堀から五米程の所に建ち並んで居て、その営門前が丁度城の外堀になって居た。したがって兵舎の営門は、亀山…

200118 香川県編 亀山城と歩兵12連隊 その1

履 歴 稿 紫 影子 香川県編 亀山城と歩兵12連隊 亀山城は、丸亀市の南端に在って、平地にポッカリと築かれている城であった。 そして小さいながらも、とても形の整った城であった。 明治維新の前には、京極家の居城であったが、その築城は徳川時代の初期に生…

191205 香川県編  喧 嘩

履 歴 稿 紫 影子 香川県編 喧 嘩祖父を慕う兄の我儘は、母や私をとても困らせたものであったが、或る日の行動があまりにも無茶であったので、それを見かねた姉さんが、「義潔さん、そんな無茶なこと止めな。」と言って窘めたのが悪いと言って、茶の間の障子…

191120 香川県編 入学

履 歴 稿 紫 影子 香川県編 入 学 満6歳になった私は、明治41年の4月1日に丸亀市立尋常小学校の第一学年生として入学をした。 当時の丸亀市には亀山城を象徴したものか、その校名の頭字に城の字を用いた。 城北、城西、城けん、と称した3つの小学校があった…

190928 香川県編 兄が帰って来た

履 歴 稿 紫 影子 香川県編 兄が帰って来た 倒産をしたので家屋敷を始めとした不動産の整理を済ました私達の家族は、二つに別れてそれぞれ心中の地へ移ったのであった。 私の祖父小三太と言う人は、香川県の綾歌郡山内村字新名と言う所で、漢方医を開業して…

190912 香川県編 幼稚園

履 歴 稿 紫 影子 香川県編 幼稚園 私が、幼稚園へ入園をした日時については、父の履歴稿に記録されて居ないので、正確なことはわかっていないのだが、明治40年の春ではなかったかと私は思って居る。 母の末の妹に久枝と言う叔母が居たのだが、私達が丸亀へ…

190723 香川県編 蜂の巣と蝦蟇

履 歴 稿 紫 影子 香川県編 東練兵場と野戦病院 丸亀の歩兵第12連隊には、東西に別れた二つの練兵場があって、私達の近くに在ったのを東練兵場と言って居た。 私達が丸亀へ引越して来た年が、丁度日露戦争が終わった翌年のことであったので、この東練兵場に…

190808 香川県編 東練兵場と野戦病院

履 歴 稿 紫 影子 香川県編 東練兵場と野戦病院 丸亀の歩兵第12連隊には、東西に別れた二つの練兵場があって、私達の近くに在ったのを東練兵場と言って居た。 私達が丸亀へ引越して来た年が、丁度日露戦争が終わった翌年のことであったので、この東練兵場に…

190705 香川県編 丸亀の新居

履 歴 稿 紫 影子 香川県編 丸亀の新居 丸亀市へ転居した父母と私と言った3人が引越した新居は、殆んど市の郊外に近い所に在って、その家の玄関を通り過ぎて左へ30米程行った所が、丸亀歩兵第12連隊の練兵場になって居た。 しかし、その練兵場の面積がどの位…

190617 香川県編 転居

履 歴 稿 紫 影子 香川県編 転 居 私は、4歳の春に父母と共に丸亀市へ転居をした者ではあるが、父はこの転居について、その履歴稿に、 1、明治39年5月27日、香川県丸亀市土居町へ転居す。 と、記録をして居る。 当時4歳であった私には、何故転居をしなけ…

190602 香川県編 私の生家

履 歴 稿 紫 影子 香川県編 私の生家 私の生家は、300年の歴史をもった郷土の旧家であって、明治維新前の幕政時代には、苗字帯刀を許されて居た家柄であったと私は父から聞かされて居る。 また、藤原源氏の末裔であるとも父は言って居た。 私が生家で育った…

190429 香川県編 出生・私の父・私の母・父と素人芝居

履 歴 稿 紫 影子 香川県編 出生 私の出生を、父はその履歴稿に 1、明治35年2月7日午前7時、男子(二男)出生、義章と命名す。 産婆、鴨の庄の住、藤井時蔵の妻・ムメ と記録している。 私の父 私の父は長男であって、その出生を履歴稿に、 1、明治9年1月11…

190423 履歴稿 まえがき

履 歴 稿 紫 影子 まえがき 凡そ、人と言う人の人生には、各人各様の、さまざまな生きかたがあるのだが、その少年の日に於て、誰もが描く夢と言えば、栄達を果たして社会的な地位を獲得したいと念ずる者と、蓄財に成功しようと志ざす者との二者に尽きると思…