181013 悪いアップル
変見自在 高山正之
悪いアップル
90年代、米国に出ていた日本企業の半分が潰れた。
業績が悪かったのかと撤退する大手螺子メーカーに聞いたことがある。
いや、こっちのビジネス風土に馴染めなくて。
それに尽きますという上品な答えだった。
例えばボンバルディア社との取引だ。
昔はカナダの自転車屋。
今はデ・ハビランドとか潰れた航空機企業をかき集めて旅客機まで作っている大会社だ。
いいお得意ができた。
生産ラインも広げ、大商いをした。
がが、入金ガない。
逆に「製品の鍍金の色が違う」とクレームが来た。
だから「廃棄した」と。
あんまりではというと「おかげで作業工程が遅れた。その責任を法廷で問うか考えている」。
訴えるという脅しだ。
一時が万事。
商売の数ほど泣き寝入りさせられた。
因みにボンバルディアは納入品を廃棄せずに使っていたことが後になって判った。
実際、米国の法廷で日本企業が勝つのは難しい。
オフロードバイクでジャンプに失敗した白人少年がホンダを「空中でエンジンが失速した。一生車椅子生活にされた」と訴えた。
飛行機じゃああるまいし。
バイクは失速しない事を50万ドルかけた実験装置で証明してみせた。
しかし連邦地裁の評決は「ホンダは300万ドルを払え」だった。
評決理由が振るっている。
「ホンダに責任はないが、怪我した少年の将来を想えば金を出すべきだ」
これも後日談がある。
少年は元気に歩いていた。
車椅子生活は嘘だった。
米国の法廷は米国人の利益のためにある。
それでも日本企業が1度だけ勝ったことがある。
貿易と財政の双子の赤字を抱えたレーガンがどうか雇用創出に協力してと日本企業に哀訴してきた。
ほだされた三菱自工がイリノイ州に出た。
操業まで地方税免除の約束だったが、地元ノーマル市は「聞いていないなぁ」と尊大に課税した。
三菱は訴え、契約文書が決め手になって勝てた。
還付された税金はそっくりしに寄贈した。
勝ちを驕らない。
日本人らしい諦めだったが、育ちの悪いクリントンはそれが気に食わなかった。
彼は大統領に就くとすぐ三菱を嵌める準備を始め、96年春「女子社員のセクハラをどんどんやれと助長した」と訴えた。
「日本人が持つ女性蔑視思想を米国に移植した」と。
特定の民族をステレオタイプ化して誹謗するのはナチだけではなかった。
人種偏見に満ちた訴えは米紙を喜ばせ、連日の紙面に嘘を書き立てた。
議会もはしゃいで不買を叫んだ。
三菱は負けを認めて3400万ドルを払った。
ノーマル市の仇をクリントンが取った。
同じ頃米企業の商標を無断使用した件で文明堂商事がロス地裁に訴えられた。
文明堂側は日本での行為は日本に司法管轄権があると法の大原則を主張した。
米国に裁く権利はない。
そんな常識もないのかと。
そんな常識はなかった。
担当した判事M・リアルは「日本に主権があろうと当該事案に米国人や米企業が関わっていればすべて米国に司法管轄権がある」(94年10月19日)という決定を下した。
「米国の威光はよその国の主権を超える」というトンデモ判断だった。
彼は地裁所長でもある。
米法曹界では所長格の判事の判断は判例に残す慣例があるが、さすがにこれには困ったらしい。
急ぎ上級審で破棄して「勝手に米国の法廷に引っ張れない」ことを世間に教えだが、それで米国人が納得するわけもない。
アップル社は日本の下請けに「訴訟はすべて米国の法廷で」を飲ませてボンバルディアと同じような阿漕をやってきた。
腹に据えかねた下請けがアップルを訴えた裁判で東京地裁は「契約で司法管轄権は動かせない」とアップルの悪巧みを糺した。
戦後70年。
「どろろ」の漫画みたいに日本の主権の一部がやっとこさ返ってきたような気がする。
’16.3.3 の週刊新潮より