Cameraと散歩

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土器川 5の1

IMGR057-25

履 歴 稿    紫 影子  

香川県
 土器川 5の1
 

土器川は、丸亀市に隣接して居た土器村(現在は、市に合併して土器町と呼んで居るらしい)の一部を対岸に、南から北へ流れて瀬戸内海へ落ちて居た。

私は、第一の家に住んだ時代から此の川へは良く遊びに行ったものだが、私達子供が水泳ぎや、魚を釣って遊ぶ所は、土居の門の橋から東練兵場の横を通って居る直線の道が、川に突き当った対岸に、枝が深みを覗いて居る柳の老木が一本あって、其処を柳淵と言って居たのだが、その柳淵は勿論のこと、其処から下流にも幾つかある深みへ行くのであった。

両岸の堤防は、その上がいづれも道路になって居て、岸に寄った側には所所に竹藪が在った。

また、その反対側の路傍は、老松の松並木であった。



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柳淵は、約五十米程の区間が瀬になった上流からの水が突き当って、北西の下流へ斜に曲る所であって、その水が突き当る所には、石垣の護岸を施してあった。

土器川の水が、いつも綺麗に澄んで居た水であったので、飲料水に適して居たものか、連隊では堤防の近くに設けてあった機会場から、この柳淵の水をポンプを使って鉄管で兵営へ送って居たようであった。

また、この柳淵は、上流から流れて来た水が石垣に突き当たって下流へ曲がる所には、いつも大きな渦が巻いて居た。

私達子供は、この柳淵の渦を恐れて誰も泳ごうとする者は無かったのだが、魚はその渦の附近で良く釣れた。

この柳淵の渦巻では、連隊の兵隊さんが1人溺れて死んだことがあった。



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それは毎年のことであったが、夏の晴れた日に私達が、石垣の上から魚を釣って居ると、引率された兵隊さんが、良く洗濯に来て居たものであった。

その時も、そうした兵隊さん達の或る日のことであったが、”此処は渦が危険だから”と言って必死に止める戦友達の声を聞かずに、その渦を巻いて居る附近で泳いだのだそうであったが、私は、その日柳淵へ行かなかったので、その兵隊さんが四国の何県の人であったかと言う事は判って居ないのだが、浜育ちの人であって、とても泳ぎの上手な人であったらしいのだが渦に巻き込まれて、戦友達が助け上げた時には既に溺れ死んで居た。
と私は友人達から聞かされて居る。